モードは女性の味方なのか?「東京都庭園美術館:奇想のモード展」

1月末、気温2度という恐ろしい寒さの中、友人と妹と共に東京都庭園美術館へ『奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム』を観に行ってきました。

「奇想」のテーマと、旧朝香宮邸という美術館本来の雰囲気、それからすぐにも雨が降り出しそうな気候とも相俟って、今回の展示会は少し異様でユニークなかなり印象深いものとなりました。

庭園美術館という建物自体への感想と今回の展覧会に対する感想を綴ります。


東京都庭園美術館

   昭和8年(1933)に竣工された朝香宮家の邸宅です。大正時代の渡仏した夫妻の当時の最新アールデコの影響をふんだんに受けたモダンかつエレガントな造りが特徴的でした。鉄筋コンクリートのシンプルな白亜の外観の一方、フェミニンな内装が昭和初期の豪勢な暮らしを想起させます。玄関ホール前のアプローチは迎えの車のハイヤーが目に見えるようでなんとも言えず優雅な気持ちになりました。

今回の企画展でも、その部屋ごとにそれぞれこの邸宅に対する解説があります。例えば妃殿下が直接デザインしたという真っ白なラジエーターグリルなどはいかにもアールデコ的な女性らしく上品なものでした。いくら流行とはいえ、感度の高いその人柄が目に見えるようです。

コロナ禍の為か庭園散策が不可能だったのですが、初夏や秋など季節のいい時期に訪れたら緑や紅葉によって更に楽しむことが出来そうでした。


『奇想のモード展』

シュルレアリスム」。メンバーの個性が強すぎてしばしば忘れがちですが、シュルレアリスムは「20世紀最大の芸術運動」です。私は文学部出身ですのでアンドレ・ブルゾンをすぐ思い出しますが、ダリやらマックス・エルンストやらマン・レイ、ルネ・マグリットがチームになった1920年台フランス発の一大ムーブメント。「超現実主義」という無意識の探求が本来の活動基軸ではあるものの、日本おいては「現実離れした奇抜で幻想的な前衛芸術」という意味での「シュール」という日本独自の概念・表現が生まれているようです。おそらくこの展覧会もそのシュールという面をかなり意識しているのではないかと思いました。

今回の展示は第1章〜第9章の9テーマ構成です。それぞれ髪の毛や昆虫という材料的なアプローチや、纏足やコルセットと言った歴史・文化的にファッションを観察するアプローチ、シュルレアリスムとモード界との関係、その他アーティストたちの作品を堪能することが出来ました。突出して魅力を感じた作品、展示は以下の通りです。


コルセットは女性の欲望なのだろうか?主体的な身体改造とは?

建物自体の雰囲気に圧倒されつつ、展覧会に入って目に入って絶句したものがありました。19世紀ヨーロッパのコルセットと19世紀末~20世紀初頭のものとされる中国の纏足です。ウエストの細さも靴の小ささも人間のサイズではなく、写真等で見たことがあったものの、実際に見ると見てはいけないものを見たようでかなり動揺しました。

纏足については諸説あるものの、一貫して女性の自由を奪うものであったことは事実でしょう。小さな足が当時の男性にとっての性的欲望の対象であり、一人で歩くことが出来ない姿に支配欲を掻き立てられたとかなんとか。「人間最慘的事,莫如女子纏足聲(人間として生まれて最も悲惨なことは、纏足される女子の絶叫だ)」と言われるように身体的な痛みの壮絶さ、精神的苦痛は、モードといえども見るに堪えない代物でした。自分自身がバレリーナなので靴で足を固定されることがいかに辛いか思い知っていることもこの異様な拒絶の一因ではあると思いますが、唯一の中国の女性皇帝である西太后が纏足文化を禁止したのも、彼女こそが女性であり、性別に関係なく、人間としてその違和感を認めたからではないかと思います。

「シャネルは女性をコルセットから解放した」ことでよく知られています。それ故に彼女のデザインが新鮮で、今でもそのフィロソフィーが受け継がれていることも人気の一因でしょう。コルセットと西欧社会は数世紀密接な関係があり、美しく見せるという女性自身からの行動もあったかと思いますが、そもそもの前提として社会から求められる”女性らしさ”への呼応であると思います。色々調べていると韓国発「脱コルセット運動」という一種のフェミニズム運動を発見しました。そこにおける”コルセット”とは、女性に対する家父長制的観点から来る美の抑圧を意味しています。興味深いのは、脱コルセット運動が女性の自由意志に対して懐疑的視点を提示していること。私はコルセットの存在自体を「作られた自由意志」であると思っているので、実際に見るコルセットは美しさではなく、抑圧の象徴のように見えました。

いずれも見ていて苦しくなったのは、女性の身体を消費するのみで女性側の主体や主張があまり感じられなかったからです。他の方のこの展示のレポで同様な見方の人がいないか少し気になります。

シュルレアリスムと女たち

今回のメインテーマの一つであるシュルレアリスム。

以前アーティゾン・ミュージアムでエバ・ゴンザレスという作家の作品を観ました。19世紀当時の女性という立場で、その上アカデミスムに反抗的だった印象派というグループにいたなんてどんな人なんだ…と思ったのですが、印象派の特徴の一つに「才気溢れる女性画家たちを仲間に迎えて平等な立場で制作していた」ということを知って納得したのを覚えています。ではシュルレアリストたちはどうだったのでしょうか。

シュルレアリスムほど女性のイメージを、男性の創作活動の核心として位置づけた芸術運動はなかった。いかなる美術集団も運動も、女性の革命的な役割をこれほどまでに明確にはしなかったのである。これほど多くの行動的な女性が参加した芸術ムーブメントはほかになく、彼女たちの存在は様々な作品や記録の中に封印されている。

【美術解説】女性シュルレアリスト – Artpedia アートペディア/ 近現代美術の百科事典・データベース

私は以前ドラ・マールがモデルになった『泣く女』を見て、シュルレアリスムはどちらかといえばマッチョで家父長制的なイメージを強く持っていました。しかしよく考えてみるとシュルレアリスムの定義としては従来下記のようなものです。

心の純粋な自動現象(オートマティスム)であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書き取り。

「シュルレアリスム宣言」アンドレ・ブルトン著

そう考えてみると、人間の外観である男女差というものはそもそも問題ではなく、思考や試みこそが最も重要であったからこそ、女性のアーティストの活躍が促されたのかと思います。

奇妙と共存する美しさ

ミイラになった時に髪の毛が残ることは有名ですが、この髪の神秘性と万能性に目を付けた作品、商業ポスターなどはかなり圧巻でした。

他にも猿の毛で出来たコート、死んだ人の髪を入れたロケット、人間の毛で作られるドレス。またマルジェラのブロンドの髪にインスパイアされたプリントのドレスも遠目で見ると波打つ砂漠のようで、人間の髪と砂漠と海とはこういう共通点があったのかと妙に納得しました。

https://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000057350.html

LEDに照らされた異様な雰囲気の中、青く浮かび上がるドレス。今回の展示のトリです。これは糸自体が光る遺伝子組み換え蚕から生み出され、現在では医療の分野でも研究が広がっているのだとか。作者はスプツニ子!氏。彼女の存在は存じていたものの、実際の作品を観るのははじめてでした。

串野真也さんとの合作のドレスよは入った瞬間に圧倒される、息を飲む美しさ。このダルメシアン柄は西陣織故か、後になって解説を読んで知りました。彼女について色々知りたくて調べていくうちに魅力的な人物ということを知りました。日本で生活していてく中でのジェンダーの問題意識等々もインタビューで応えていて、なおさら興味を持ちました。


アートの歴史はそのまま世界の情勢と文化の歴史であり、主に女性が支配されてきた歴史でもあると思います。そこに登場するシュルレアリスムと、それ以前の異様で煌びやかな抑圧の対比がかなり印象的でした。私はむしろそういう面(後者)に目が行ってしまい、最後まで嫌な印象を持ち続けました。色々な人のブログを読んで、ここまで怒り狂っている人もいなかったので、本当に人の思うところは様々だなと思います。

おそらく私がアートを見続ける必要はここにあると思っていて、つまり自分の教養や体験を増やして精神的に、また感性的な面からも器を大きくしていくことが大事ではないかと。人よりも感受性が(おそらく)強い分、それを個人的に受け取るのではなく、体験の一つとして自分に蓄積させるというか。

そういう意味で、モード、いやアートを自分の味方にしてしまおうと思います。そんなことをよく考えた、2022年初の美術館巡りでした。

次回はおそらく三菱一号館美術館を訪れます。

ではまた、Au revoir!


<参考>

旧朝香宮邸 | 白金高輪コース | 東京都文化財めぐり (tokyo.lg.jp)

シュルレアリスム – Wikipedia

マルタン・マルジェラやダリの作品を展示する「奇想のモード」展が開催 – WWDJAPAN

中国の女性はなぜ足を小さくさせられたのか。纏足(てんそく)の理由、新説が研究で明らかに | ハフポスト (huffingtonpost.jp)

#104 中国の奇習「纏足」とは何だったのか? 106歳「最後の纏足女性」が初めて“素足”を晒し証言 | 中国ニュース拾い読み | クーリエ・ジャポン (courrier.jp)

(評・美術)「奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム」 現代に続く身体改造の欲望:朝日新聞デジタル (asahi.com)

コルセットの歴史。女性の身体の解放とフェティシズム。【FASHION ENCYCLOPEDIA Vol.3】 | Vogue Japan

脱コルセット – Wikipedia

【脱コルセット】“女らしさ”という束縛から脱却する女性たち (nhk.or.jp)

シュルレアリスム (server-shared.com)

スプツニ子!の「光るシルク」展公開、グッチ新宿に西陣織りの”勝負ドレス”や3000個の繭玉 (fashionsnap.com)

スプツニ子!(MIT助教)さんの講演がすごかった (ideasity.biz)


以前の美術館散策のブログはこちら:

ではまた、Au revoir!


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